≪  ≫ hirokiazuma.com::magazine ≪  ≫  ┏━┓ ┏━┓ ┏━┓ ┏━┓ ┏━┓ ≪   ┃波┣━┫言┣━┫ ┣━┫刊┣━┫備┣━┓  ≫  ┗━┫状┣━┫論┣━┫創┣━┫準┣━┫号┃ ≪     ┗━┛ ┗━┛ ┗━┛ ┗━┛ ┗━┛  ≫ ≪  ≫              00号 2003年12月15日公開 ≪  ≫------------------------------------------------------------ ≪  ★「波状言論」は毎月15日、30日に配信されます。  ≫ ★登録費は月300円です。以下のページから御登録下さい。 ≪   http://www.hirokiazuma.com/hajou/index.html  ≫ ★このメールマガジンはWINDOWSマシンの場合はMSゴシック、MA ≪   CINTOSHマシンの場合はOsaka等幅など、半角記号2文字分が漢  ≫  字・仮名1文字分と同じサイズで表示されるフォントでご覧く ≪   ださい。  ≫ ≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪  現代社会からオタク系文化まで幅広く論じる評論家、東浩紀がついに メールマガジンを創刊! 毎号、各方面で活躍中のクリエイター・論客 へのインタビューや対談が載る他、佐藤心、森川嘉一郎による隔号連載 コラム、そしてテキストサイトの現在を語るリレーコラムなど、注目の 企画が満載です! --〈目次〉------------------------------------------------------ ◆巻頭コラム  「crypto-survival noteZ」第1回  東浩紀 ◆ロング・インタビュー(前編)  「遍在するトラウマ、壊れた世界  西尾維新   ――戯言遣いの新しいステージ」 聞き手:東浩紀 ◆連載コラム            佐藤心  「真・超人計画」第1回 ◆リレーコラム           加野瀬未友  「テキストサイトの現在」第1回 ◆編集後記 ◆次号予告 ================================================================ ■************************************************************** ■ ■  ●巻頭コラム ■ ■  「crypto-survival noteZ」 第1回 ■ ■                東浩紀 ■ ■************************************************************** 〈東浩紀プロフィール〉 1971生まれ。哲学者、批評家。1993年に「ソルジェニーツィン試論」 でデビュー。社会評論からオタク系文化批評まで幅広い評論活動を展開 中。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教授・主任 研究員(http://www.glocom.ac.jp)。 ----------------------------------------------------------------  メルマガ創刊とともに新しいコラムを始めることにした。まず最初に 断っておくと、このコラムのタイトルにはとくに深い意味はない。あえ て言えば、crypto(暗号)もsurvive(生き残る)も僕が好きだった後 期デリダが好んだ隠喩で、『存在論的、郵便的』の出版直後、この造語 を思いついたときの僕は何か深いことを考えていたはずなのだが、いま やそんな文脈は完璧に忘れてしまった。  ちなみに、似たタイトルをもつ連載はほかに3シリーズあって、最初 は1999年から2001年にかけて『リトルモア』(リトルモア)で9回連載 した「crypto-survival notes」、つぎは2002年に『recoreco』(メタ ローグ)で3回だけ書いた「crypto-survival notes #」、最後は2003年 に『ゲームラボ』(三才ブックス)で始まり現在も継続中の「crypto- survival notes repure」である。今回はその4番目というわけだ。これ らのコラムは、いずれも単行本化されていない。そのうち自費出版で本 にしてコミケかどこかで売りさばくのもいいかもしれない。  *  さて、いま自費出版の話が出たが、実は僕は、ここ数年かなり真剣に 個人出版の可能性を考えている。このメルマガも、出版でこそないが、 関連する試みのひとつである。その背景には、『月姫』や『ほしのこえ 』の成功に象徴され、いまやローレンス・レッシグも注目していると伝 えられるような、日本の同人市場の成熟がある。また、インターネット の普及により、広報がはるかに容易になったという事情もある。DTPソ フトの充実も大きい。しかしそれらは理由の核ではない。僕はむしろ、 批評のありかたについて考えるなかで、個人出版に思いを馳せるように なってきたのである。  これは、批評は売り物ではない、という話ではない。対価をとっても いい。しかし、現在の商業出版、つまり論壇や文壇のシステムは、新し い批評が生まれてくる可能性を殺してしまっている。なぜそのような考 えに至ったのか、その道すじは複雑なので簡単には説明できない。ただ し、ひとつだけ述べておけば、1990年代を代表する批評誌、『批評空間 』が最後は半ば同人誌的な組織(編集関係者が出資する協同組合的な組 織)で出版されようとしていたことはやはり重要である。『批評空間』 の責任編集を担当していた柄谷行人と浅田彰は、どうのこうの言いなが ら日本の思想系の批評家のなかではズバ抜けて読者が多く、影響力が大 きかった人物だ。その彼らですら、今後の批評は流通まで自前で用意す る必要があると判断していた。その意味は決して小さくない。僕はその ころから、個人出版の可能性を真剣に検討し始めた。  とはいえ、これはむろん、商業出版の意義を否定するものではない。 批評はどうも商業出版には向かないが、しかし、あえてそこで出すべき ときもある。たとえば、批評を批評として読んでもらうのではなく、批 評を読まない読者に対して幅広く問題提起をしたいときである。僕の著 作なら、『動物化するポストモダン』や『自由を考える』、現在改稿中 の「情報自由論」がそれにあたる。あるいは、権威からの評価をもらい、 自分の業績を積み上げるとき(こういう活動をバカにしてはいけない) も商業出版を選ぶべきだろう。これは『存在論的、郵便的』のケースだ。 というわけで、僕はこれからも出版業界で着実に仕事を続けていく。  しかし、批評家としての活動には、そのような「あえて」の理由がな く、東販や日販を通して全国の書店に置く必要もないし、置いたとして もあまり売れそうにないマニアックな部分が必ず存在する。それは書評 でもいいし、対談や講演でもいい。創作者のなかにはエッセイや対談を 自作の宣伝としてしか考えていないひともいるが(むろん、このメルマ ガでお招きする人々はそうではないと信じている)、批評家にとっては すべてがシームレスに繋がっている。そして、ときには、そちらの書き 散らしのほうが本質的なことを言っていたりもする。では、それらの活 動はどのように「作品化」するべきだろうか。ネットで公開するのもい いし、知り合いの編集者に頼み込んで評論集や対談集をでっちあげるの も悪くない。読者もご存じのように、僕自身すでにそういう方法を選ん でもいる。しかし、そこに個人出版というオプションを加えてみたい。  ネットで公開された原稿は、残念ながら、パラグラフ単位で摘み読み され、カット&ペーストされて瞬時に消費されてしまうことが多い。他 方、出版社を通しての評論集や対談集の制作は、多くの人間が絡む分手 間とストレスが嵩む作業だし、商業出版であることを考えるとどうして も内容に制限が掛かってくる。それに、あちこちに書いた雑文の寄せ集 めで、売れたとしてもせいぜい数千部の評論本を作るために出版社の編 集者を拘束するというのは、大塚英志ではないが、批評がまさに「文学 の不良債権」と化していることの証拠のようで、気分が悪いことこのう えない。しかし、自分で内容を編集し、DTPで組版を作り、知り合いの デザイナーに表紙を依頼し、印刷所に納品して通販や委託で背伸びせず に売っていく、という作業がもし最低限の利益を伴って実現可能なので あれば、そのような不満はすべて解消される。それに何より楽しい。  そして、もし、そのように、商業出版のオプションをもちつつも個人 出版で新著をリリースする批評家が何人か存在し、個人出版と商業出版 が差別なく等価に読まれるような時代になったなら、批評のイメージは 根底から変わるだろう。批評の本質からすれば、むしろそちらこそが本 来のありかたなはずだ。テキストサイトやブログの隆盛の傍ら、論壇や 文壇では相も変わらず「若い書き手が存在しない」と嘆かれ続けている 悲惨な現状は、結局のところ、そのような新しい市場=言論空間の創出 によってしか解消されないのではないか。最近はそんなことばかり考え ている。はてなダイアリーに参入したのも、文学フリマに出かけたのも、 このような関心があったからだ。  一万部以上売りたい本は、内容を一般的にして、文章も易しく、社会 的な問題提起も適度に取り入れて出版社から出す。千人しか読まなくて よい文章は、自費出版で、本当に読みたいひとだけに向けて、内容も妥 協なく、パッケージも好きなようにデザインして送り出す。すべてに商 業流通を通す必要もないし、すべてを自費出版にする必要もない。重要 なのは、内容と読者層の差異に応じて、著作者自身が流通回路を最適化 することだ。むろん、そこに電子出版も含めてもいい。それはいまは夢 にすぎない。しかし決して現実味のない話ではない。そして、そのよう な微妙な選択が可能になれば、批評家として生きていくことはぐっと楽 になる。  批評は売れない、読まれないと言われる。確かにミステリやホラーに 比較すればそうだろう。しかし、批評の市場は、いま多くの編集者が信 じているよりは大きい可能性をもっている。批評とは、そもそも、個々 の作品のレビューをしたり、それをダシにして社会問題を語ったりする 矮小なジャンルなのではない。それは、フィクションとノンフィクショ ン、虚構と現実の境界を超えて、多様なジャンルの言葉が混ざりあうコ ミュニケーションの場の謂いである。そのような場は多くのひとに求め られている。その可能性を殺しているのは、時代遅れの言論界の常識で あり、それを支える硬直した市場構造にすぎない。僕はこの数年、そう いう状況に苛立ち続けてきた。このメルマガは、そんな怒りを糧に創刊 されている。  *  今回はメルマガ創刊の辞(を書けという指令が編集部から来たのだ) ということで、予定よりもずいぶんと長く、しかも硬い文章になってし まった。しかし、このコラムは、次回からは原則としてもっと軽い文章 で、さまざまなジャンルの作品論をサクサクと展開していく予定である。  上記の話と絡むのだが、僕は商業誌の仕事では、読者や編集者の期待 を過度に考慮してしまうので、面白いと思った作品でもうまく文脈が作 れず取り上げないことが多い。たとえば、僕は最近、浅暮三文のメフィ スト賞受賞作、『ダブ(エ)ストン街道』を読んだのだが、これはまさ に『存在論的、郵便的』を寓話にしたような小説になっていて(往時の 高橋源一郎を思わせる)、たいへん興味をそそられた。しかし、こうい う話はなかなか書けない。『ダブ(エ)ストン街道』は新作ではないし、 かといって、いま浅暮三文論を東浩紀が展開する、というのもどうも必 然性がない感じがするからだ。このコラムは、そういう面倒なことは気 にせず、旧作新作かかわらず、面白そうな作品を見かけたら貪欲に書き 散らす。  というわけで、次号予告。次回は、ジェイムズ・マンゴールド監督の 映画『アイデンティティ』の話をしようと思う。クローズドなメルマガ ということで、上映前の注意を無視してネタバレ炸裂なので、気になる ひとは次回配信までに作品を観ておくように! ・浅暮三文『ダブ(エ)ストン街道』(講談社文庫) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062738805/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02372344&volno=0000 ・『アイデンティティ』 http://www.id-movie.jp/index_swf.html ■************************************************************** ■ ■ ●西尾維新ロング・インタビュー(前編) ■ ■ 「遍在するトラウマ、壊れた世界――戯言遣いの新しいステージ」 ■ ■ 聞き手:東浩紀 ■ ■ インタビュー構成・文字起こし:前田久、細野晴彦 ■ ■************************************************************** ■ ■ 記念すべき「波状言論」第1回目のインタビューは、「新青春エン ■タ」の旗手として、中高生を中心に圧倒的な人気を誇る小説家の西尾 ■維新さんをお迎えしてお送りします。 ■ 先月11月に刊行された最新作『きみとぼくの壊れた世界』について ■のお話を皮切りに、西尾さんのデビュー作にして代表作である〈戯言 ■シリーズ〉、雑誌『ファウスト』で連載中の新シリーズ「新本格魔法 ■少女りすか」、果ては個々の作品論を離れて、キャラクター作成の方 ■法論、物語の創作論にまで深く踏み込み、西尾ワールドの全てを語り ■尽くすべく、語り手と聴き手が本気で切り結ぶインタビュー。余りの ■熱気に、傍で見ていたオブザーバーも飛び入り参加。これを読まずに ■エンターテインメントの未来は語れない! (全3回) ■ ■**************************************************************  今回は、まず西尾さんの最新作「きみとぼくの壊れた世界」について の話題を中心にまとめました。西尾さんの作品世界に影響を与えたもの とは何か?  そして「壊れた世界」は如何にして構築されたのか? 極めてシリア スに始まった話は、深く深く踏み込みつつも、気が付けば飛び入りゲス トの暴走によって徐々にカオスな様相に……。(編集部) ================================================================ 〈西尾維新プロフィール〉 1981年生まれ、小説家。2002年に『クビキリサイクル』にて第23回メフ ィスト賞を受賞し、「京都の二十歳」としてデビューする。その後もデ ビュー作の作品世界を連作化した〈戯言シリーズ〉で注目を浴びる。現 在も雑誌『ファウスト』での連載作品「新本格魔法少女りすか やさし い魔法はつかえない」を中心に、ハイペースで執筆活動を展開している。 ---------------------------------------------------------------- ◇◇出鼻を挫かれる東浩紀◇◇ 東浩紀(以下、東):このインタビューの最初のほうはウェブで公開さ れます。だから「西尾さんがどういう人なのか?」という、人となりか らお尋ねしようかと思うんですが……。 西尾維新(以下、西):人となりというのは、プライベートな話ですか? 東:ええ。何年生まれとか何県出身とか、そういう話から始めて、「ど うしてメフィスト賞(註01)に応募しようと思ったのですか?」という 話にもって行きたいのですけど。 西:そういう質問はどこでも話しているので。折角、東さんと話せるの だから、小説内に切り込むような話だけを……。 東:そうですか(笑)。ではとりあえず確認だけ。22歳で宜しいですね。 西:そうです。 東:関西圏在住ということですね? 西:そうです。 ◇◇少女マンガの影響◇◇ 東:では質問に移りたいと思います。まず全般的なことからですが、西 尾さんに一番影響を与えたジャンルは何でしょうか? 西:影響受けたジャンル……少女マンガですね。 東:少女マンガ。どういう作品が好きなんですか? 西:全般ですね。ジャンル全体。『なかよし』、『りぼん』、『ちゃお』、 『マーガレット』、『別冊マーガレット』、『少女コミック』、『別冊 少女コミック』、『フィールヤング』……。 東:毎月定期的に読んでいるという感じですか? 西:最近は違いますが、昔はそうでした。それこそ小説を読み始める前 ですね。小説を好きになる前から、僕はマンガばかりを読んでいて、そ れは今でもずっと続いています。一番影響を受けたのは、『少年ジャン プ』的なものと少女マンガになりますね。少女マンガは物語の作り方や キャラクターの設定などについて確実に影響を受けました。  僕は太田(克史)(註02)さんに「小説のプロになりたいなら、マン ガ喫茶に24時間篭って少女マンガだけを読んできて下さい」と言われて、 本当にやりました。その時に読んだのは、子供の頃に読んだものや、あ るいは子供の頃に読んでいた作家さんが新しく書いたものです。コミッ クスを集めると言うよりは、断片的な知識、記憶――雑誌を読んでいる だけだと、どうしても断片的にしか情報が入ってこないので――を収集 していく作業を、戯言シリーズを書く前にやりました。自分が影響を受 けてきたものを確認する意味で。 東:それはデビュー前に? 西:直前ですね。出版される前に、手直しをする段階で。 東:具体的なタイトルは? 西:具体的なタイトル? ……非常に多岐に渡っているので。言おうと すると、どうしても「少女マンガ全般」になりますね。 東:好きな作家は? 西:名前を挙げると「一番好きな作家」のようになってしまうので……。 東:しかし少女マンガにも色々なタイプがあるでしょう。 西:色々な少女マンガがあるとは思いますけど、共通しているのは、主 に書き手が女性だということです――描き手が女性で、ストーリーの根 幹に人間関係を置いているというのが。そういうところが今、言われて いる「きみとぼく」というのに通じると思います。 東:なるほど。それは分かりますね。 ◇◇影響を受けた小説家◇◇ 西:後は小説で言うと、ライトノベルの影響が大きいと思います。 東:ライトノベルで名前を挙げると誰ですか? 西:今は、誰か一人と言われれば、当然上遠野浩平(註03)先生を僕は 挙げます。子供の頃読んでいたのは、ゲームブックとかライトノベルと か。まあ、ジュブナイルですよ。そういうのは小説を読む導入部として ちゃんとありましたし、その辺が根幹的な影響になるのだと思いますが。 東:ゲームブックやジュブナイルの作家名は挙げたくないですか? 西:そちらは単に子供の頃のことなので良く覚えていないというのが… …。 東:なるほど。 西:小説としての直接的な方法論を学ぶという意味では、笠井潔(註04) 先生、森博嗣(註05)先生、京極夏彦(註06)先生、清涼院流水(註07) 先生、それから上遠野先生の五人が、小説を書く上での僕の神様みたい な存在ですね。  ただ、根幹のところでは、少女マンガ全般、ライトノベル全般の素養 が欠けていたら、今みたいな形には絶対になっていないし、「戯言シリ ーズ」を書く上では、積極的に少女マンガの要素を取り入れようと思い ました。 東:それが西尾さんの作品を特徴づける、自意識過剰な登場人物の設定 と地の文に繋がっているんですね。 ◇◇女性キャラは上位互換◇◇ 西:それから女性の登場人物が多いのもそこに起因するものでしょう。 東:決して「萌え」だけを意識したのではないと(笑)。 西:そうですね。女性のほうが書きやすいというのも単純にあるんです けど。 東:それは何故ですか? 西:個性を発揮させやすいからです。 東:なぜ、女性のほうが個性を発揮させやすいのだと思います? 西:男性の「格好良さ」は、結構一面的なものがありまして。パターン 化が簡単なんですよ。 東:例えば? 西:うーん……例えられません。 東:男性を描くと「強い」とか「賢い」みたいになってしまうというこ とですか? 西:うーん……。 東:例えば、男性では巫女子ちゃん(註08)みたいな特異なキャラは作 れない? 西:いや、名前を変えて、言葉遣いをちょっと変えれば、可能は可能で すけれど、見え方が全然変わってくると思います。 東:単なるイタい奴になる(笑)? 西:というより、結局、それが他のキャラクターと差分化されて行かな い、個性が上手く出ないというのがあると思いますね。ただ、今、言っ たみたいな方法論で置き換えれば、何でも出来ます。 東:なるほど、ほかのキャラとの関係性の問題ですね。 西:ファッションが豊かってことですかね。キャラクターの装飾の道具 が女性のほうがより多くあるということです。つまり簡単な比喩で言う と、「女の子はズボンを穿けるけれど、男はスカートを穿けない」みた いな。キャラクターとしての装飾が女性のほうが圧倒的に多い。  僕は「戯言シリーズ」を書くときに、キャラクターを一人一人、確固 として立たせていこうと思ったので、必然的にキャラクターを立たせ易 い女性型が多くならざるを得なかった。先ほど言ったように、女性を男 性に置き換えるのも可能は可能ですけれど、男性を女性に置き換えるほ うが簡単です。全交換が出来る。つまり上位互換です。 東:どこまで一般的に言えるかどうかは分かりませんが、少なくとも西 尾さんはそう考えているわけですね。 西:少なくとも僕はそういう方法論でキャラクターを書いている、とい うことになります。 ◇◇『きみとぼくの壊れた世界』◇◇ ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 厳重注意!! この章は『きみとぼくの壊れた世界』(註09)の展開の多 大なネタバレを含みます。ネタバレを回避したい方はこの章を読まずに 次章をご覧下さい。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 東:ではつぎに、最新作の『きみとぼくの壊れた世界』(以下、『きみ ぼく』と省略)から、西尾さんの作品世界にひとつひとつ迫ってみたい のですが……。僕はこの小説はとても面白いと思いました。とりわけ、 この悪意あるエンディングがいいです。……というか、これは悪意ある エンディングなんですよね? それともこれはこれで爽やかに終わって いるわけ? だとすると衝撃なのだけど(笑)。 西:いやいやいや。 東:僕は実は、これを読んですぐにウェブ日記で感想を書いているんで す(註10)。 西:そうなんですか。 東:僕が書いたのは、ひとことで言うと、佐藤友哉さん(註11)が『鏡 姉妹の飛ぶ教室』で西尾維新的なものを取り入れているのに対して、こ ちらは西尾さんがかなり佐藤友哉的なものを取り入れている、そういう 関係になっているのではないか、ということです。ところが、そうした らある人の日記で「佐藤友哉は悲観的で黒い感じなんだけど、『きみと ぼくの壊れた世界』は希望のある終わり方をしていて、そこが佐藤友哉 と違うのではないか?」という反応があったんです。僕はそれを読んで たいへん驚いた。というのも、僕の読みでは、これは大変に希望のない 終わり方なんです。  この主人公の様刻は、ある意味では、戯言シリーズの主人公であるい ーちゃんよりも強い登場人物ですね。いーちゃんはずっと悩んでいる。 他方、『きみぼく』の最後では様刻は考えるのを辞めちゃっている。殺 人事件について考えることも辞めているし、恋愛で悩むことも辞めてい る。ある意味、作品世界から徹底して解離している。たとえばこの小説 には病院坂黒猫というたいへん魅力的なキャラクターが出てきますが、 こういうインパクトのある人物が出てきた場合、普通は主人公は呑まれ てしまうと思うんですね。でも呑まれない。なんでもいいや、表面が平 穏で暮らせるのであれば、という徹底して突き放した感じで終わってい る。ここには、「結局、俺たちの世界ってこうだよね」という西尾さん の主張がストレートに出ていると思ったんです。  そこでお訊きしたいのですが、人は今、このように生きるしかないん でしょうか?  というより、若い読者に向けてそういう暗さを訴えようとしたのは、 なぜなんでしょう。 西:びっくりするような大きい質問になりましたね。戯言シリーズの語 り部と「きみとぼくの壊れた世界」の語り部――様刻との差異と言うの はある意味明確でして、様刻はすごく前向きなんですよ。前向きに、貪 欲に幸福を追求していこうとしていて、ただ、そこで幸福を追求してい るという行為自体が世界にとって特に意味がない。たとえ、その幸福を 獲得できたところで、世界は何も変わらないと言う事実ですよ。あるい は、幸福が獲得できても何かそこで「ゴール!」みたいなエンディング は無く、スタッフロールが流れ始めることも無く、次の日は来て、被害 者は死んでそこで終わったけれど、関係者(の日常)は全然終わること も無く、続いているという。 東:まさにいま仰ったように、いーちゃんと様刻は何が違うのかという と、受動的と能動的という点です。いーちゃんは悩んでいる男じゃない ですか。 西:ええ。 東:身体能力はすごいらしいですけれど、精神的には弱い男ですよね。 それに対して、様刻というのはとても強くて前向きな奴ですよ。でも、 この作品には、「強くて前向きな奴は結局、こう生きるしかないんでし ょう? 君たちが前向きに生きたところで、手に入れるのはこんなもの でしょう?」というメッセージが詰まっている。そう考えると、戯言シ リーズのほうが希望がある世界なんです。戯言シリーズには、玖渚機関 (註12)のような伝奇的な設定はあるし、次から次へと強敵も出てくる し、いくらそこで自分に夢がないと言っても、ある意味楽しそうな世界 じゃないですか(笑)。しかし『きみぼく』の世界は、全く大したこと がない日常の世界なんですよね。そこで前向きに小さな幸せを追求した 結果、現実から解離を起こした妙な文章で終わっている。これはとても ダークで、けれどもとても誠実な青春小説だと思います。そういう意味 で素晴らしいと思ったのですが、やはり、西尾さんご自身の現実認識も こういうものなのでしょうか? 西:このエンディングに関して言えば、一人一人を観測して見ればハッ ピーエンドに違いないです。誰一人不幸にはなっていない。でも外から 観察してみれば、多少歪んだ状態に見えてしまう――壊れた世界に見え てしまう。様刻の前向きさが物語の中では全然良いほうに作用していな いんですよね。 東:これはあとでお伺いするつもりなのですが、西尾さんの作品世界の 特徴として、トラウマを抱えている登場人物ばかりだというのがあると 思います。戯言シリーズは「トラウマを抱えた人間がデフォルトになっ た時に、どうやって人間は生き抜いていけばいいんだろう」というシリ ーズだと思うんです。だからこそ設定が派手なわけです。ところが『き みぼく』はまったく違いますね。 西:そうです。 東:表面的には誰もトラウマを抱えていないように見える。しかし、そ れだけに不気味な世界なんです。西尾さんはハッピーエンドだとおっし ゃったけれど、殺人事件は起きているし、○○は□□しているし、様刻 も近親相姦の世界に踏み込んだみたいだし、みな心の捩れを抱えて終わ っている。 ◇◇様刻・戯言遣い・キズタカ――主人公たちの個性――◇◇ 東:結局、『きみぼく』は嘘吐きの世界なんですね。表面上は仲が良い けれど、本当は皆、何を考えているかわからないし、そのことに諦めな がら相互に微妙な安定を保っている。それで時々、大きな事件が起きて、 人が死んだり苦しんだりしていても「そういうことってあるよね、しょ うがないよね」という感じの解離した感覚しか抱けない。これはかなり リアルだと思うんです。僕たちの現実を西尾維新が書くとこうなるんだ、 というひとつのかたちを見せてもらったと思います。 西:戯言シリーズが思ったよりも現実から乖離していく方向に進んでい ったので、そういう方向も僕の書きたいものではあるんですけれど、そ うでないものも書きたくないわけではないので、一旦、そういうところ を補完したというのはあるんです。  語り部のパターンの問題でいうと、まずは後ろ向きな人(=いーちゃ ん)と前向きな人(=様刻)の、二つのパターンがあって、彼ら二人に 共通しているのは、二人とも世界に対して別に興味が無く、近隣のみを 自分の世界として判断して生きているところだけなんですけれど、それ に対して『ファウスト』(註13)に掲載された、「新本格魔法少女りす か」(註14)の創貴(キズタカ)なんてのは、彼の思想は凶暴で、彼の 世界を他の絶対的な世界とイコールにしてしまおうとしていて、三人の 型――素材は一緒なのですが、そういうことで表面上は全然違っていま す。創貴は、世界を自分に合わせようという非常に広い視点を持ってい て、それは「自分の世界が全て」という、幼年期の思想をそのまま引き 継いで来ているところがあるんですよ。それが戯言シリーズだったら、 「世界は自分だけのものだ」とか、「自分の世界の中には自分しかいな い」というもので、『きみぼく』ならば、「人間関係までを自分の世界 にする」、「世界は少しずつ重なっている」というのが、それぞれの主 人公の考え方です。 東:戯言シリーズのいーちゃんは、自分は戯言遣いだと思っているけれ ど、外側から見るとけっこう素直な男だと思うんです。戯言がバレバレ なんですね(笑)。実際、哀川潤(註15)との関係ではそうなっている。 しかし『きみぼく』の様刻は、戯言に自分であまり気づいていないかも しれない。だからこれでやっていける気がするんですよ。そういうキャ ラクターを書けるのは、西尾さんが作家として違うステージに来たとい うことではないかと思います。僕はこの作品に出てくるのは、皆、普通 の高校生だと思うんです。病院坂黒猫は名前がすごく奇抜で口調も変だ し、夜月もちょっとありえない喋りかたで――僕はがんがん萌えてます が(笑)――、そういう萌え対応のサービスはあるけれど、それは「萌 え関係の口調を導入してみました」というだけのことなんですね。こう いう突き放した作品を、これからもぜひ書いていただきたいと思ってい ます。 ◇◇休憩タイム――さりげなくゲスト登場――◇◇ ★休憩時間なので周りにいた人を交えて雑談中。一部抜粋でお届けしま す。 太田克史(以下、J):いやー、話、盛り上ってますねー。 西:僕は大丈夫ですか? J:いや、大丈夫大丈夫。やっぱりぬるい部分を飛ばして良かったと思 うよ。お相手が他ならぬ東さんだし。「俺はお前と男と男の話をしにき とんじゃ!」みたいな。 西:「今日はぬるい話をしに来たのではない」「うむ、構わん」と。 編集部:どこの雄山先生なんですか……?(笑) 佐藤心(註16、以下、心):日常世界を舞台にしつつも、病院坂は異様 にキャラですよねー。 東:良い話になりそうなら休憩中に話すなよ〜。そういえば、雑談だけ ど、僕、この本のなかの重いものと軽いものを落とす例のクイズがわか らなくてさ。今度訊く羽目になるのかな、と思っていたら、途中で解答 が出てきて良かった(笑)。 J:しかし本当に良い小説ですよ、これは。 東:「萌えが無くても西尾さんは全然いける」っていう証拠になってま すね。メイドが出てくるわけじゃなし。 心:いや、そういうのが真の萌えなのですよ。 東:またわけのわからないことを言い出したな……。 編集部:萌え理論キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! (盛り上がる一同、しばし大騒ぎ) 心:夜月の言葉遣いが萌えるというのは当たり前の話じゃないですか。 病院坂もすごく出来が良くて。いや、僕の印象なんですが、彼女は男言 葉なわけですよね。 西:そうですね。 心:つまり京極作品の榎木津みたいな奴が喋っていて、見た目が『おね がいティーチャー』(註17)の森野苺(註18)みたいな感じなんですよ。 編集部:……それはアンタの趣味じゃねーか!!(笑) 東:(笑)このバカな発言は活かそう。すごかった、今のは。すごすぎ たよ……。 心:「そいつがリアル世界にいたらどうなる?」みたいな。 東:それはリアル世界じゃないだろう。お前、もしかして『おねティ』 がリアル世界だと思ってる?(笑) 西:すごい具体的な名前が出てきたから……(引いてる)。 編集部:苺は巨乳じゃないでしょう。 東:そんなツッコミかよ!!(笑) 西:そのツッコミどころもまた違いますよね……(さらに引いている)。 心:「ふふふ……」とか言うじゃない? 編集部:それって、そんなに目立ちましたっけ? 心:いや、目立たないよ。苺はキャラだから「ふふふ……」とかばっか り言っていてうざいけど。要はキャラの態度の問題ですよ。偉そうなわ けですよ、病院坂は。 編集部:今、全国の佐藤心ファンは「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」 とか言ってガッツポーズを……(笑)。 心:いや、でも重要なのは、このキャラクターの喋りが榎木津みたいな ところにあると僕は思っていて……。 東:嘘吐け。お前はイラストしか見てないじゃないか……(笑)。 心:違いますよ! 僕は『メフィスト』で「もんだい編」を読んだ時か ら、病院坂は「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」と思いましたよ。  さきほど女性キャラは男性キャラの上位互換だという話をされていた じゃないですか。だから「女性は男言葉で話しても良いと考えているん だな」とすごく腑に落ちたんですよ。 西:なるほど。 東:西尾さんもそんなところで納得しちゃだめですよ!(笑)。 ◇◇きみとぼくの壊れた世界を描く作家たち◇◇ 東:いずれにせよ、『きみぼく』はかなり良いプレゼンテーションにな ったんじゃないですかね。佐藤友哉さん、舞城王太郎(註19)さんなど、 『ファウスト』近辺の作家は、乱暴に言えば、皆、「きみとぼくの壊れ た世界」を書いているわけじゃないですか。 西:それは期待に答えたところがあったのだと思いますけどね。戯言シ リーズの発表以降、佐藤友哉先生、舞城王太郎先生、それから北山猛邦 (註20)先生などの、一連のメフィスト賞が「壊れた本格」「きみぼく 本格」などと呼ばれていたときに、それらを論じるための教科書的な、 「これを読めば大体わかるよ」という作品が一冊あれば便利かな、と。 東:素晴らしいですね。こういう言い方は失礼に響くかもしれないけど、 西尾さんはとても頭がいい。そういうことができちゃうんですね。 ◇◇佐藤心、今度は真面目に◇◇ 心:戯言シリーズには「世界」があるじゃないですか。玖渚機関とか、 一般人の目に届かない伝奇的設定とか。それがない分、何があるのかと いうと『きみぼく』には「他者」と「空」だけなんですよ、超越的なも のが。 東:キタね。「佐藤心、語る」。 編集部:きましたね。 心:えらく空の描写が多いなあ、良いなあ、と(笑)。 (前編終了、次号に続く。11月某日、株式会社多聞・会議室にて収録) --〈注釈〉------------------------------------------------------ 註01:メフィスト賞:講談社が発行しているエンターテインメント系文 芸誌『メフィスト』の新人賞のこと。持込みでデビューした京極夏彦の 登場を受けて創設された新人賞で、ミステリ作家の登竜門の一つとして 知られている。 註02:太田克史:1972年生まれ。編集者。講談社文芸図書第三出版部に 所属し、現在は雑誌『メフィスト』編集部に在籍しつつ、、雑誌『ファ ウスト』の編集長を務めながら、清涼院流水、上遠野浩平、西尾維新、 舞城王太郎、佐藤友哉など、数多くの作家を担当している。来年2月刊 行予定の『ファウスト』第2号に向けて、『メールマガジン ファウス ト』も配信中(登録アドレスはhttp://mm.kodansha.net/)。今回のイ ンタビューには西尾氏のサポート役として登場している。 註03:上遠野浩平:1968年生まれ。小説家。1998年に『ブギーポップは 笑わない』で第4回電撃ゲーム小説大賞を受賞し、デビューする。同作 はライトノベルという枠を超えて各界で話題を呼び、アニメ化・映画化 もされるヒット作となった。その後もブギーポップシリーズを展開しつ つ、様々なジャンルの作品を執筆している。 註04:笠井潔:1948年生まれ。小説家、批評家。70年代に黒木龍思の筆 名で評論を書き始め、1979年に第5回角川小説賞を受賞した『バイバイ、 エンジェル』で小説家としてデビューする。1998年に評論『本格ミステ リの現在』で第51回日本推理作家協会賞を受賞している。小説家として の代表作に『バイバイ、エンジェル』『哲学者の密室』、評論家として の代表作に『テロルの現象学』『探偵小説論I〜II』などがある。 註05:森博嗣:1957年生まれ。小説家。国立N大学で助教授として教鞭 を執る傍ら執筆した小説『すべてがFになる』で1996年に第1回メフィ スト賞を受賞し、デビューする。S&Mシリーズ、Vシリーズなど多く の連作シリーズを持ち、現在も驚異的なペースで新作を発表し続けてい る。2003年12月現在、『すべてがFになる』に登場したキャラクター、 「真賀田四季」を主人公に据えた四連作を講談社ノベルズにて展開して いる。 註06:京極夏彦:1963年生まれ。小説家、グラフィック・デザイナー。 1994年に『姑獲鳥の夏』でデビューし、同作に登場する、個性的なキャ ラクター達が昭和20年代を舞台に活躍する「京極堂シリーズ」で一躍、 名を馳せる。1997年に『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花賞を、2003年に 『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞を受賞している。 註07:清涼院流水:1974年生まれ。小説家。京都大学在学中に執筆した 小説『コズミック』で1996年に第2回メフィスト賞を受賞し、デビュー する。そのあまりに壮大な作品群は、作者自身によって「流水大説」と 称されている。最新作『彩紋家事件』は近日刊行予定。 註08:巫女子ちゃん:戯言シリーズ第2作『クビシメロマンチスト』に 登場する、シリーズ中の人気キャラクター。主人公「いーちゃん」の大 学での同級生。「≪中学二年生にしてバンド結成、ただしメンバー全員 ベース≫みたいなっ!」のような、奇妙な比喩表現を用いるのが特徴。 註09:『きみとぼくのこわれた世界』:2003年12月現在での西尾氏の最 新作。内容は《禁じられた一線を現在進行形で踏み越えつつある兄妹、 櫃内様刻(ひつうちさまとき)と櫃内夜月(よるつき)。その友人、迎 槻箱彦(むかえづきはこひこ)と琴原りりす。彼らの世界は学園内で起 こった密室殺人事件によって決定的にひびわれていく……。 様刻は保 健室のひきこもり、病院坂黒猫(びょういんざかくろねこ)とともに事 件の解決に乗り出すが――?》(単行本に掲載された梗概より) 註10:ウェブ日記で感想を書いている: http://d.hatena.ne.jp/hazuma/20031107 註11:佐藤友哉:1980年生まれ。小説家。2001年に『フリッカー式』で 第21回メフィスト賞を受賞し、「あの90年代に10代のすべてを消費した 作家」としてデビューする。講談社ノベルスで発表されたデビュー作か らの一連の作品群は「鏡家サーガ」として共通の世界観上で展開されて おり、2003年12月現在、インターネット上のウェブサイト「講談社BO OK倶楽部」(http://shop.kodansha.jp/bc/)にて、その例外編「鏡姉 妹の飛ぶ教室」(http://shop.kodansha.jp/bc/kagami/index2.html)が 連載されている。 註12:玖渚機関:戯言シリーズの世界に存在する謎の機関。登場人物の 一人である玖渚友に関係があるらしいという以外は、不明な部分が多い。 註13:『ファウスト』:2003年10月に講談社の雑誌『メフィスト』の兄 弟誌として発行された新雑誌。文芸誌としては異例の売り上げを記録し た。 註14:「新本格魔法少女りすか」:『ファウスト』第1号に第1話が掲載 された、西尾維新の新たな連作シリーズ。長崎が魔法の王国となってい るなど、我々の現実に平行世界的に存在している九州を舞台に繰り広げ られる、供犠創貴(くぎきずたか)と「赤き時の魔女」水倉りすかの物 語。2004年に発刊予定の同誌第2号で第2話の掲載を予定している。 註15:哀川潤:戯言シリーズに登場するキャラクター。「金の折り合い さえつけばどんな仕事でも請負う、人類最強の請負人」という設定の、 シリーズ中におけるジョーカー的存在。 註16:佐藤心:1979年生まれ。批評家、ライター。「生きる『動物化す るポストモダン』」として一部で有名。声優・田村ゆかりの大ファン。 註17:『おねがいティーチャー』:2002年1月〜3月に放映された、企画 ・原作Please!、井出安軌監督、黒田洋介脚本によるアニメ作品。通称 『おねティ』。地球に落ちてきた宇宙人の女教師と、精神的なショック で一年間時間が止まっていた少年の恋愛を描いたラブコメディー。 註18:森野苺:『おねがいティーチャー』の登場人物。続編の『おねが いツインズ』にも登場。設定年齢よりも幼い体型と、不可思議な性格で 人気のキャラクター。声は田村ゆかりが演じている。 註19:舞城王太郎:1973年生まれ。小説家。2001年に『煙か土か食い物』 で第19回メフィスト賞を受賞し、デビューする。講談社ノベルズで「奈 津川家サーガ」を展開する一方、雑誌『群像』などの文芸誌でも精力的 に執筆。2003年には『阿修羅ガール』で第16回三島由紀夫賞を受賞して いる。 註20:北山猛邦:1979年生まれ。小説家。2002年に『「クロック城」殺 人事件』にて第24回メフィスト賞を受賞し、デビューする。近年デビュ ーした20代前半の作家の中では、もっとも本格ミステリの様式とトリッ クにこだわっている作家と言われている。 --〈西尾維新・単行本一覧〉-------------------------------------- ・『クビキリサイクル―青色サヴァンと戯言遣い』、2002年2月。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822330/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02128662&volno=0000 ・『クビシメロマンチスト―人間失格・零崎人識』、2002年5月。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822500/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02170799&volno=0000 ・『クビツリハイスクール―戯言遣いの弟子』、2002年8月。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822675/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02209048&volno=0000 ・『サイコロジカル〈上〉兎吊木垓輔の戯言殺し』、2002年11月。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822837/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02242341&volno=0000 ・『サイコロジカル〈下〉曳かれ者の小唄』、2002年11月。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061822845/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02242342&volno=0000 ・『ダブルダウン勘繰郎』、2003年3月。☆ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061823051/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02295912&volno=0000 ・『ヒトクイマジカル―殺戮奇術の匂宮兄妹』、2003年7月。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/406182323X/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02342470&volno=0000 ・『きみとぼくの壊れた世界』、2003年11月。☆☆ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061823426/ http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3be05f66d4aaf0 1018bf?aid=&bibid=02381367&volno=0000 ※☆はJDCトリビュート、☆☆は独立作品、他は戯言シリーズ。以上、 全て講談社ノベルズ。 ※他、未単行本化作品として「零崎双識の人間試験」がある。同作品は 講談社BOOK倶楽部でウェブ連載された、戯言シリーズの外伝的作品 である。現在は公開終了中。 ■************************************************************** ■ ■  ●連載コラム ■ ■  「真・超人計画」 第1回・愚者の爆誕 ■ ■           佐藤心 ■ ■************************************************************** 〈佐藤心プロフィール〉  1979年生まれ。批評家、ライター。「生きる『動物化するポストモダ ン』」として一部で有名。雑誌『新現実』(角川書店)上で、ギャルゲ ー評論「オートマティズムが機能する」を、雑誌『ゲームラボ』(三才 ブックス)でオタク系文化コラム「ネオインディヴィジュアルチェキシ ステム」連載中。 ----------------------------------------------------------------  生きる意味を与えてくれぬ世界のどこかに立ち、朝焼けの輝きに目を 細めた僕はもうとっくに超人であるのだろう。「このまま誰にも抱きし められないで死んでいくと思うと、ぞっとする」とか言って悩んだ気に なって、クソ狭苦しいアパートにひきこもって、ギャルゲー世界に棲息 していた日々にさよなら。貴重な時間を費やした「人生ひきこもり編」 は呆気なく音も立てず終わった。  それから約一年近く経過し、吸い散らかした煙草の数だけ僕は逆説的 に健康になった気がしている。なんで物書きなんかやっているんだろう と考えることもあるけれど、結局それは否応なくこうなってしまったと しか言いようがない。「ひとはなんで死ぬのか」を考えてみたって答え などないように。それは途轍もなく暴力的に到来して僕を焼き払った。 アパートから叩き出した。出来事の勃発とその連鎖が、「なぜ――」を 意識させるまもなく僕を飲みこんでいったのだ。なればこそ灰色の脳髄 を薄桃色に変色させながら、『キノの旅』を読んで悶え苦しんでいると いうわけなのだ。ああ、どっかにキノみてーな娘、いねーのかなぁ…… 黒星紅白の神ぶりに煩悶を浮かべる僕にむかって、 「あんたバカぁ?」とお姉さまが言う。 「いや、それはあんまりだと思いますが」僕は反抗する。 「じゃあどう言えばいいのよ。クズ? ゴミ? いると思うほうがバカよ、 キノなんて。大体、あんなむっつりした娘のどこが良いわけ!」 「うっ……」  お姉さまは――僕と同じ年齢くらいの女の子。なぜか高校生。真っ黒 なロングヘアーを、今日はリボンで左右ふたつにまとめている。当然の ように左利きだ。その左手でつかみかかる勢いで問いつめてくる。僕は 壁際に追いつめられた。 「答えなさい、ギャルゲーチャンプとして」  接近する顔と顔。  触れあうような距離。  瞳が冷たく燃えている。お姉さまは真剣なのだ。であるならば僕も、 真剣にならざるをえない。かなり恥ずかしいんだけど。 「ワン、ツー、スリー、はいっ!」 「えーっと、キ、キノのことは……儚さを感じるっていうか……男の子 みたいな容姿が良いってわけじゃなくて、胸に耳を押し当てたくて…… 巧く言い表せないんだけど、アンバランスな艶めかしさがあると思う、 そこに惹かれるかなって……」  僕は直立姿勢になって、正直に熱っぽく答えを並べていった。ゲーム 版のジャケットイラスト。軽く頬を染めつつ仰臥したキノ。まるで雪の ようだね、と思っていた胸の白い花びらが、実は飛行帽の耳あてだった こと。愛おしく帽子を抱いた姿に見惚れた僕。時の止まったゲームショ ップ。たとえ身体の硬直がもたらした意識の変容だとしても、そのとき めきの瞬間は永遠だと本気で思っていること……。 「それって、人間ではなく、帽子を好きなのではないの?」 「絶対に違います!」  とんでもない誤解である。お姉さまは勝ち誇った微笑みを湛えている けれど、調子に乗るな。僕が愛するのは属性でなく心だ。吐息のように はきだされる彼女の感情だ。それなのにそれなのに……バカにするなよ ってことを僕は言い放ちたい! 「だーめ、バカにする。だってほら、帽子って可愛いと思わない?」  手品師のように取りだした、ネイビー・ブルーのケーバ帽子。  可愛いっていうか、暖かそうっていうか、露西亜人っていうか、一体 それをどうなさるおつもりですかって……ああああぁっ! 「見て。銀河鉄道って感じかしら?」 「やめてくれっ!」 両手で顔を覆い、膝を折った。見ちゃダメだ見ちゃダメだ……。 「あら、リボンが邪魔みたい。でも、可愛くない? どう?」  全然可愛くない。嘘。可愛いよ。かなり。いや、それも嘘。このまま だと僕は白状させられてしまう。通信販売で購入するつもりだった帽子 とゴーグル。そのために給料だってコツコツと貯めてきたのに。グッズ くらい買わせてくれ。自由に。僕の勝手じゃないか。どこに飾ろうと、 自分で被ろうと、誰に被せようと。でもその相手がお姉さまであるとは、 決して考えてはならぬことだったのに! 「ああ、僕は今すぐに、ムイシュキン公爵になりたい……」 「第二次性徴を経た人間のセリフじゃないわね」  わかってるよ、そんなことくらい! くそう! こうなったら僕、旅 に出てやる! 同じ場所に三日と留まるものかよ! 僕はヘルメス、伝 令の神だ! ヘイ、キノッ、ライド・オン! これから一緒にディオニ ュソスに届け物に行こうか! 僕ら二人ぼっちのバイク便、イエー! 「とめないわ。行ってきなさーい……」  幟も横断幕も白いハンカチーフもないひとりぼっちの出立。お姉さま のやる気のない見送りを背に受けて、僕はエンジンを入れた。まだ相棒 はいない。キノはいない。けれどキノを仮構させた少女はいるはずだ。 レッツ、抑圧からの逃走。僕は近未来――2003年12月29日の有明ビッグ サイトを目指し、タイヤを軋ませながら走り出した。古代ギリシア風の 衣裳を纏う無人の自動二輪は、まだ薄靄のかかる天空に一筋のロード を描いて、やがて時間を超越するだろう。 ★ ★ ★  玄関を開けっ放しにしてるから冷たい風がどんどん入ってきて、寒く てかなわないんだけど、閉めてよ。僕を見送るお姉さまの背中に、僕は 台所から声をかけた。 「忘れてたわ、ごめんなさい」 「気をつけてよ……。あと、早く御飯食べちゃって」  10分後。僕たちは、むかいあわせに食卓につき、「いただきます」と 手を合わせてから、冷めかけの朝食を口に運んだ。  お姉さまは――僕と同じ年齢くらいの女の子。真っ黒なロングヘアー を、今日も真っ赤なリボンで左右ふたつにまとめている。その髪に負け ず劣らず真っ黒なドレスを身に纏っているのは、今日が土曜日で学校は お休みだから。 「お姉さま、さっきは何があったの?」 「骨の髄まで腐りきったバカだわ。それとこのお漬け物、いまいちね。 もっと工夫なさい」  たぶん僕のことを言っているのだろう、ということが僕にはわかる。 僕とお姉さまはかけがえのない繋がりをもった姉弟だし、僕と僕もまた、 それに輪をかけて緊密に結びつけられた者たちだった。しかしそれもさ っきまでの話だ。身体から離脱した僕。奇妙奇天烈なコスチュームで未 来へ飛び立った自動二輪こと気狂い天使は、断じて僕じゃない。 「それはそうとして――今日はたしか、私からあなたに、大切なお話が あったのでした」 「なんですか、藪から棒に。お姉さまにとっては休日かもしれないけど、 今朝は僕、徹夜明けで眠いんですよ」 「だから、手みじかに話すわ。心の準備をして。それと、びっくりして お味噌汁を吹き出すと困るから、手を休めて聞きなさい」 「わかったよ……こう?」 「そう、良いわ。しっかり私の目を見て聞いて頂戴」  言われた通りに視線をむけた。お姉さまは、どこか悲しそうに見受け られた。傲岸な光の消えた瞳は僕を、逆に息苦しく緊張させた。 「今まで黙っていたけど、あなたには妹がいるの」 「……え?」 「兄であるあなたのことを“にーちぇ”と呼ぶ、生き別れになった妹が いるの。本当よ。私の言うこと信じられる?」  信じられるわけがない。 「私たちに内緒で家を出て、それっきり、二度と戻らなかったの」  一体全体、これは何の話だろう。 「もう昔のことよ。あなたは憶えてすらいないのかもしれないけど」  今僕たちは、誰と、誰について話をしているんだろう。記憶のはてに 消えた少女――生き別れの妹がいるだなんて虚言にしか聞こえない。  理性が歪むほど可笑しすぎる。  それでも僕は笑わないだろう。  解けかけた口唇を結び直した。僕は受け入れることにした、お姉さま が述べる虚言を。(そんな大事な秘密、なんで黙っていたんだよっ!) 幻にむかって叫んだ。見えない支柱を殴りつけた。罪に触れようとする 手を僕は必死になって抑えこんだ。世界では、どんなことが、いかなる かたちで起こっても不思議じゃないんだ。ようは可能性の問題なんだ、 圧倒的に。僕はお姉さまを睨みつける。妹の一人や二人、驚愕に値する ことじゃない。このひとが、このようなかたちでの存在を許されている ように、僕を“にーちぇ”と呼ぶ妹がいるとしたって少しもおかしくは ないんだ。それに僕だって、本当は僕じゃないかもしれないんだ。 「黙っていたことは謝らないわ。でも、信じてほしい」 「この世界には、信じ難いことはたくさんある。それに比べてみたら、 至って平気ですよ、お姉さま」 「いいえ……違うのよ」  お姉さまは、ふたつにまとめた髪を左右に振った。 「頼むから悲しまないで、ちゃんと理解したつもりだよ」 「……悲しくなんてないわ。理解ってくれるはずよね、あなたなら」  バカだからね、僕は。  史上稀にみる愚か者だからね。 「とにかく探してみよう、僕たちの妹を」 「一緒に出かけましょう。手がかりなら、つかんでいるわ」 ★ ★ ★  奇妙な自信と確信に満ちあふれたお姉さまに導かれ、ねむい眼を擦り つつ電車を乗り継いで、爆睡して、山手線を三回転半して、地理感覚を 失って二度寝して、いつのまにかお姉さまの膝の上に轟沈してて、よう やく目的の駅に回り着いた頃にはすっかり陽は暮れかかっていた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 画像01 ID:dejiko PASS:danyo http://www.hirokiazuma.com/hajou/img/00/satou/01.jpg ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★  11月某日。夕刻。ゲーマーズ本店前。  いまやオタクの聖地とも呼ばれる都市――秋葉原。その駅改札口から ほど近い場所に聳え立つビルこそがゲーマーズ本店であるらしい。 「誰とは言わないけどあなたのせいで、スカートがしわくちゃになって しまったうえに、おそろしく時間もかかってしまったわ!」  八階建てのビルを仰視しながら、高らかに第一声。  ここに手がかりがあるのだとお姉さまは言うけれども、妹の消息との 関連性がまるで腑に落ちなかった。「妹を探すべき場所は、たぶんここ なのかもしれないの」そう主張されたところで、むしろ憶測にすぎぬの ではないかという疑念が湧いてくるばかりだ。お姉さまから手渡された チケットを眺め、僕は思う。「真田アサミ手渡しイベント『真田アサミ 大全集』」と銘打たれたこの声優イベントと、消えた妹とのあいだには 一体どんな関連性があるというのだろう?  そもそも今日のこのイベントは、つい先日発売された『デ・ジ・キャ ラット』関連の音楽CD――『Welcome!大全集(仮)』にあわせて企画 をされたものだ。『Welcome!』とは、デ・ジ・キャラットの知名度と人 気を爆発的に高めたコマーシャルソング。このCDは、ありとあらゆる組 み合わせによって歌い抜かれた12種類の『Welcome!』を収録した一枚で、 はっきり言って聴き応えは抜群である。 「この歌のサビの部分って、翻訳するとかなりアレよね?」 「そんなことを言うお姉さまは嫌いですっ」 「やーん。アイスクリーム奢ってあげるから許してーっ!」そんな埒も ない戯言で盛りあがっていた(と思っていたのは僕だけの)過去を思い 出す一曲だ。鼻面にアイスを叩きつけられた痛みがフラッシュ・バック するナンバーだ。素敵な思い出の箱。甘い練乳が血と混じった匂い。 「手渡しイベントって何をもらえるのかしら?」 「はぁ……気楽なものですね」 「知らないわよ。私、声優とか基本的に詳しくないし、それにイベント ってどんなものかも、実際よくわかってないのよ」 「それじゃ、なぜ来ようと思ったのさ。イベントの観客のなかに、妹が 紛れこんでいるかもしれないってこと?」 「いいえ、違うわ。理由ではないの。根拠があるの」  ふと周囲を見遣ると、真田さんのファンたちと思しきイベントの列は、 着々と会場の設置されたフロア――八階デュエルスペースに近づいてい るようだった。 「私のつかんだ手がかりによれば」  階段を昇りながらお姉さまは言う。 「愛しい妹はことによると、声優かもしれないって情報があるの」  それじゃ情報量ゼロですよ。というか、むしろ虚数だ。 「ねえ、あなた。妹とは一体、何なのかしら?」 「そんな概念的なこと、今訊かれたって、僕、困るよ……」 「弱音は聞きたくないわ。そもそも、自覚が足りなすぎるのよ。あなた のこと“にーちぇ”って呼ぶ妹がいるかもしれなというのに、その投げ やりな態度は許し難い。この本を宿題にすること、ね?」  分厚い本を渡される――『悲劇の誕生』だって。 「はいはい、わかりましたよ」  僕はおざなりに返事をした。  列も短くなって、真田アサミさんが見えてきた。  おお、まさに、でじーこちゃんの声のひとである。参加者一人ひとり と順番に会話を交わし、笑顔で何かを手渡しているみたい。悔しいこと に僕は、近視でよく見えないのだが……。  会場を包む熱っぽさに浮かされたせいなのか。僕は段々、妹のことは 一旦保留にし、眼前で繰りひろげられているイベント自体に集中したい、 そう思いはじめていた。コゲどんぼ先生直筆のでじこイラストだって所 有しているこの僕だ。でじこの片鱗を見届けよう。そして真田さんの放 出するアウラの波を、この身体でぜひ感受しようではないか。 「ところで、さっきから目つきがおかしいわよ。こんな場所で昂奮して はだめ、冷静になりなさい」  煩いお姉さまは沈黙しててくれ。  次はもう、僕の順番なんだよっ!  熱気に浮かされた緊張が快感に変わって、でじことぷちこにうさだが 浮上し、それらが走馬燈みたいにぐるぐるぐるぐる回って躍って、魔法 をかけられたような気分に酔って、「真田さん……」と僕は言う。 「僕、でじこちゃんには、いつも元気をもらってましたっ」 「本当はラビアンローズが好きなんでしょ? 嘘吐きっ!」  意識が真っ黒に染まった。  真田さんは呆気にとられていた――かどうかはわからない。  視界にあった全てが消失する感覚にとらわれ、僕は会場を出ていた。 「嘘吐きっ!」というお姉さまの正鵠を射た叫び声がフルヴォリューム で鳴り続けていた。「嘘吐きっ!」手には何かを渡された感触が残って いた。眩暈すら覚える視界のなかで確認すると、どうやらポストカード であるようだった。小さなでじこが笑っている。にょ。暖かくて悲しい 気持ちに満たされた。「嘘吐きっ!」「嘘吐きっ!」「嘘吐きっ!」  ……いや、嘘じゃないって。  信じてくれないかもしれないけどさ。  結局、妹を探し出すことはできなかった。そればかりか、消えた妹の 存在を示す痕跡すらも、見つけ出すことのできぬ有様だ。  さっさと家に帰ろう、言い知れぬ徒労感が首を擡げ出す前に。  僕は秋葉原駅に足を向けた。  ポケットに突っこんだ『悲劇の誕生』が、かつてない威圧を伴って、 私の言葉を読み尽くしなさいと促していた。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 画像02 ID:dejiko PASS:danyo http://www.hirokiazuma.com/hajou/img/00/satou/02.jpg ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ <1月30日配信の1月B号に続く> ☆今回の超人記録☆ 2003年11月8日開催「真田アサミ手渡しイベント『真田アサミ大全集』」 @ゲーマーズ本店 今回登場した声優さん:真田アサミさん 戦果:CDアルバム『Welcome!大全集(仮)』、ポストカード 捜索成績:0勝1敗 ■************************************************************** ■ ■  ●リレーコラム 「テキストサイトの現在」 ■ ■   第1回 「個人サイトだって読み手を選びたい」 ■ ■               加野瀬未友 ■ ■************************************************************** 〈加野瀬未友プロフィール〉  ライター、編集者。雑誌『PURE GIRL』(ジャパン・ミックス)『カ ラフル PURE GIRL』(ビブロス)の編集長を経て、現在、フリー・ラ イター/編集者として各方面で精力的な活動を展開している。オタク文 化考察サイト「ARTIFACT 人工事実」(http://artifact-jp.com/)のサ イトマスターとしても有名で、その豊富な知識と幅広い見識には定評が ある。 ----------------------------------------------------------------  2002年11月に個人サイト界隈でBLOG騒動と呼ばれる事件が起きて約1 年。最近では、NTTデータやNIFTYがBLOGサービスに参入し、ネットビジ ネス方面ではBLOGが注目キーワードになり、一般人の注目度はまだまだ 怪しいだが、メディアで取り上げられる機会は確実に増えてきた。 ●Doblog NTTデータによるサービス http://www.doblog.com/weblog/ ●ココログ NIFTYによるサービス http://www.cocolog-nifty.com/  BLOGの定義はいろいろあるが、トップページに最新テキストが表示さ れ、古いテキストは過去ログとして整理されるスタイルのサイトを指す。 このスタイルを手作業で作るのは面倒なため、BLOGツールが開発された のだが、このBLOGツールを使ったサイトがBLOGとして認識されがちなの が現状である。  さて、BLOGは個人の情報発信ツールとして注目されているが、ネット における個人の情報発信について少し考えてみたい。  世の中、情報発信がしたくてたまらない人たちは昔からいて、そうい う人たちは商業媒体で発言する場がなければ、ミニコミで活動をしてい た。そんな人たちの発表の場は、現在ネットに移りつつある。また、自 分の思想や技術などを世間にプレゼンテーションすることによってお金 を稼げる職業の人たちにとっても、ネットは自分をアピールするのに便 利な場所である。このような層にとって、BLOGツールは、無料または低 価格で提供されているため、ネットでの情報発信のコストを下げられる 便利なものとして普及してくだろう。  そんな動きをバックアップするものとして、個人サイトが取り上げる ページのURLやISBNコード、AmazonのASINコードを収集し、現在、ネット で話題になっているものをランキングとして見せてくれるサイト『blog map』などがある。 ●blogmap ishinao氏が運営している http://bm.ishinao.net/  しかし、ネットで情報発信をしているのは、こんな人たちばかりでは ない。自分の気持ちを誰かに理解して欲しいがために、プライベートな 情報をネットに書いている人たちがいる。この人たちは多数の人には読 まれないと思ってサイトを公開しており、最初に述べたような層が多数 の人に読まれたいという気持ちで情報発信しているのと、対称的なスタ ンスだ。しかし、スタンスが違っていても、Webの世界ではリンクとい う形で簡単に繋がってしまうため、いろいろ不幸な事態が起きてしまう ことがある。  こんな状況は今後も続くのだろうか? もともと、Webは不特定多数の 人たちに効率よく情報を届けるための媒体として非常に優れているため、 爆発的な普及を遂げた。しかし、これだけネットが発展してくると、特 定の人だけに読んでもらいたいというニーズも増えてくる。  同人誌やミニコミ誌なら、販売する場所や部数などで読む人を制限で きた。しかし、現在のWebの世界では、読む人を制限するための技術は 一般的に普及していない。閲覧を制限すること自体は技術的には難しく ないのだが、一般的に使われるBASIC認証は、パスワードファイルの生 成が面倒、そのパスワードを相手に教える作業が必要など、使い勝手が 悪い。要は、普通の人にとって技術が使いにくいというだけなのだ。  だが、この状況も、CMS(Content Management System)の普及やBLOG ツールの進化によって変わっていくのではないか?  BLOGツールの利点として、情報発信が楽になる面が強調されているが、 いずれ高度なユーザー管理が装備され、特定のユーザーだけ閲覧できる ページの作成が楽になるだろう。現時点でも、pMachineやNucleusとい ったBLOGツールには、ユーザー管理機能があり、ユーザー登録した人間 しかコメントを書き込めない機能などが装備されている。そしてZoepや xoopsといったCMSには、コミュニティサイトを実現するために、高度な ユーザー管理機能が装備されており、特定のユーザーのみ閲覧できるペ ージの作成はすでに実現されている。  ただ、pMachineやNucleus、CMSといったツールは、動作条件(PHPやP ythonという言語やMySQLなどのデータベースがサーバーにインストール されている必要がある)が厳しい。しかし、日本語圏では、プロバイダ ーのサーバースペースはPerlのCGIを動かすにも制限が多かったり、レ ンタルサーバーでもこれらがインストールされているところは少なく、 利用できても利用料が高かったりする。海外のサーバーならインストー ルされているところも多いのだが、日本語やタイムゾーンの問題などが 起きやすい。インストール自体はインストールプログラムを動かすだけ なので、実はメジャーなBLOGツールであるMovableTypeより簡単ではあ るのだが。今後、日本でもレンタルサーバーの環境が整備されてていけ ば、普及していくことだろう。  昔は、このような機能を装備したWeb用のソフトは高価なものだった。 しかし、これらのツールの多くは海外の個人が開発しており、GPLライ センスで供給されていることが多いので、無料で使える。また、海外ソ フトのため、日本語の情報が少ないのだが、個人によって日本語化や日 本語による情報が精力的に提供されている。  個人によってツールが制作され、個人によってそのツールの情報が提 供され、個人の情報発信を助けているという構図なのである。 pMachine http://www.pmachine.com/ ※以下は利便を考えて日本語によるサイトを紹介 Nucleus CMS Japan http://japan.nucleuscms.org/ Zope http://zope.jp/ xoops http://jp.xoops.org/ Geeklog http://geek.ecofirm.com/ CMS研究所 http://www.chipmunk.gr.jp/  もちろん、どんな人でも、CMSやBLOGツールが使える訳ではない。全 世界に向けて発信していることを知らずに不倫日記をインターネットで 公開ししまうような層は、あくまで気軽に発信したいのであり、いろい ろな苦労をしてまで、情報発信するつもりはないだろう。何の制限もな く、ネットで公開した文章は誰でも読めるということをこのような層が きちんと認識していけば、日記サービスにも閲覧の制限機能を求めてい くのではないだろうか。  また、ユーザー登録機能は自分の知っている人に対しては便利だが、 自分を知らない人にこそ読んで欲しい時には敷居が高い。そのため、読 み手の匿名性を保ったままでの閲覧制限のニーズもあるだろうが、現状 では具体的な技術としては成り立っていない。  パソコン通信の時代、情報はそのネットの会員になってないと得られ ないものだった。そのため、各ネットごとに独自の文化が発展していっ たし、情報の伝達もゆっくりしたものだった。それが、Webになってか ら、インターネットに繋がっていれば、誰でも情報が得られるようにな り、情報の伝達は高速化していった。しかし、今後、各種ツールやサー ビスの普及によって、閲覧の制限が楽になっていけば、またパソコン通 信時代のような状況になる可能性がある。そんな内向きの世界はいやだ という人もいるかもしれないが、極端に早くなってしまった情報の消費 スピードを下げる動きがあっても面白いのではないだろうか。 ■************************************************************** ■ ●編集後記 〜キレンジャーだより〜 ■**************************************************************  天国の石ノ森先生ごめんなさい。というわけでこのコーナーは「≪波 状言論編集部の若きホープ、ただしポジションはキレンジャー≫みたい なっ!!」(西尾先生もごめんなさい)こと前Qがお送りする編集後記の コーナー。裏話と与太話と読者の皆様からの信(てがみ、中国ではこう 書く)と半分のやさしさ(頭痛薬?)で構成されております。以後よろ しくお願いします〜。目指せ! ジャンプ放送局!  というわけで、早速ですがお便りの一部をご紹介。なんと第一回から お便りが来ているのですねー。仕込みとかではなくて、登録申し込みの 際に早速ご意見を寄せて下さった方がいたのですよ。多謝! > 加野瀬未友さんみたく”外部”と思われている人たちもいっぱい入れ > て突破感を出していってもらえると固まってるっぽさからあれこれ言 > われなくて良いし読んでみて面白いような気がします。藤津亮太氏と > か。  いきなりちょっと手厳しいご意見が来ましたねー。「突破感」は編集 サイドとしても強く意識して行きたいところです。重ーく受け止めます。 対談ゲスト&リレーコラム、特に後者ではここのところ頑張って企画し て行きたいと思います。読者の皆様も具体的な人名でもテーマでもなん でも結構ですのでお気軽にガシガシご意見下さいね。  藤津亮太さんは、アニメ特集を組む際(今の所全く未定ですが)には 検討させていただきますねー。 > 女性の方も執筆して欲しいです。あと、女性作家へのインタビューな > ども。日渡早紀さんと東さんの対談が読んでみたいです。  女性の方の執筆に関しては、現在面白い企画が動いてますよー。お楽 しみに! 具体的には来年のさ……って、この黒服の男達は誰? いや、 ちょっとやめてギャー!!  ……はっ、僕は何を? というわけで次に行きまーす。(しらじらし い……) > 山形浩生、松岡正剛と対談して欲しいです。 > こちらのメルマガの方が本来の『新現実』を部分的に引き継いでいる > 気がします。大塚英志氏にも登場してもらえると嬉しいです。  お二人のコメントを同時にご紹介。ふふふ……いきなり血塗れのご意 見が来ましたね。プロレススーパースター列伝って感じ? 波状言論読 者は厳しいなあー。「連邦の白い奴」並ですよ。謀ったなシャア!  編集の肝がかなーり冷えそうですが、検討させていただきま……す… …? > 東氏による新作エロゲープレイ記などが読みたいです  こういうお遊び企画も後々は検討して行きたいですねー。プレイ日記 はともかくとしても、04年は『CLANNAD』も『Remember11』も発売にな るわけで、一早いプレイ後批評がコラムでは書かれるかもしれません。 ご期待下さいね。 > インターネット,情報そのものや,それらに関する制度等に関し,東 > さんのお話が聞きたいです.ちなみに情報自由論も楽しみにしてます > ので..  ですってよ東さん。頑張って書いて下さいね。>情報自由論  それはともかくとして、告知ページにも書かれてますが、波状言論に は後々、宮台真司さん・鈴木謙介さんの強力な師弟コンビや、最近ネッ ト界隈で話題の北田暁大さんもご登場されます。皆さんの関心領域から して、お題は何であれご意見にあるような話をしないわけがないですよ ね。これまた乞うご期待!  いやー、しっかし自画自賛気味ながら、今後の企画は盛りだくさんで はないですか! 後は編集スタッフの根性と技術の問題ですね。精進し ます、ハイ。波状言論は行くとこまで行きますよ! “スピードの向こ う側”へ……。天羽さーん。  ともかく、こんな感じで今後もご意見、ご感想を紹介させていただき ますので、どしどしご応募お待ちしてまーす。宛先はhajou@hirokiazum a.comまで。その際に、希望される方は簡単なプロフィール(ペンネー ム、職業、性別、年齢など)を書いて下されば同時に掲載します。あく まで希望者なので、無くても可です。採用に差も出しません! ……し かし、そうはいいつつも掲載順で会員番号とか作るのは楽しそうだなあ。 そして将来的には会員番号の歌を作ったりとか。おお、憧れの夕焼けニ ャンニャン文化がそこに。  勿論、メルマガ全体でなくても、一つのコーナーへのご意見ご感想フ ァンレターなどなどもお待ちしております。上にも書きましたが、「リ レーコラムにこの人を呼んで欲しい」「こんなテーマで特集を組んで欲 しい」とか。それから『佐藤心の真・超人計画』では、「妹」がいそう なイベントの情報をお持ちの方のご連絡を本っっっっ気でお待ちしてお ります。特に「妹」候補の関係者の方がもしも偶然万が一いらっしゃり ましたら是非是非ご連絡をっ……!!(思わず福本伸行調)といったとこ ろでまた次回お会いしたいと思います。波状言論の明日はどっちだ?! ■============================================================== ■ 次号予告 ■************************************************************** ■ ■巻頭コラム ■「crypto-survival noteZ」 第2回   東浩紀 ■ ■ロング・インタビュー(中編)     西尾維新 ■「遍在するトラウマ、壊れた世界    聞き手・東浩紀 ■――戯言遣いの新しいステージ」 ■ ■連載コラム ■「建築のオルターナティヴ(代替)」(仮) 第1回 森川嘉一郎 ■ ■リレーコラム ■「テキストサイトの現在」 第2回   仲俣暁生 ■ ■★次号の配信日は2004年1月15日の予定です。 ■ ■============================================================== **************************************************************** ★ 電子メールマガジン「波状言論」(毎月15・30日発行) ★ 発行:hirokiazuma.com(東浩紀個人事務所) ★ 編集:東浩紀、前田久、細野晴彦 ★ 本メールマガジンは上記事務所より直接配信されています。 ★ 本メールマガジンに掲載されたインタビュー、コラムの著作権は各   執筆者にあります。本メールマガジンの紹介や感想、批評の域を超   えた、過度の引用、転載は禁止されています。また、本メールマガ   ジンの購読者の方が、バックアップなどの個人的な目的で複製する   ことは許可されていますが、それ以外の無断複製やメルマガ購読者   以外への譲渡、公開は禁止されています。 ★ 本メールマガジンへの意見・質問・感想などは以下のメールアドレ スにお送り下さい。このメールへの直接返信はご遠慮下さい。   → hajou@hirokiazuma.com ★ 皆様からお寄せいただいた、本メールマガジンへの感想は、編集後   記で一部または全部引用、もしくは内容の要約という形で紹介させ   ていただくことがありますので、ご了承願います。 ★ HPアドレス http://www.hirokiazuma.com/ ★ 購読料は1月2号分で300円です。1号毎の分売はいたしません。 ★ 購読・解除・変更手続きは以下のページで行って下さい。   → http://www.hirokiazuma.com/hajou/index.html ****************************************************************